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私たちは日々何かを選択して生きている。

「現在の状態は過去の自分の選択の結果である(コヴィー博士)」と言われるように、日々小さなことを沢山決めて生きている。

社会人基礎力で最も大事な力が「主体性」と言われているが、主体性とは「選択すること」。つまり、自分で決めて行動する。ということ。

会社勤めをしていると、「自分はまだ決める立場にいない」とかいう人もいるが、実は生きている以上全員が経営者。自分の人生を経営している、のだ。

つまり、決めない、ということは他人任せで他人の価値観に合わせて生きていく。文句もいいません。ということ。そんな人生は皆嫌なはず。だから「決める」って大事。

本書はそんな決める技術を紹介している。

技術、ということは、先天的なものではなく後付けで身に着けることができるスキル、ということ。

うん。とても力強いです。

でもね。一つだけ。

「決める」と「行動する」はセットになっている、ということ。

つまり、「しようと思います」とか「意識します」は意味がありませんよ、ということなのです。

行動という変化を自分でつくらないとだめ。

考えるだけじゃダメ。

思うだけでもダメ。

 

細かいことは本書を是非。

ただ、主体的に生きるためにはこの「決める」はマストです。

サラリーマンだろうが経営者だろうが全員自分の人生の経営者。

自分がどう動くかで周りへの影響は変わります。

つまり「決める」ことから小さな変化は始まる、ということです。

 

 

ニシノアキヒロさん推薦で購入しましたが、確かに面白い。

勿論メモの取り方がどんな効果があるか、について書かれていますが、本質は生き方や考え方ん本。

メモ、という切り口でここまで生き様を語れるのは、メモを真剣に、狂ったように取り、一生懸命生きてこられたからだと思う。それくらい感情が伝わってきて揺さぶられます。

HOW TOも内容には入っていますが、あくまでそれは手段と思えるくらい濃い内容です。

本書でも取り上げている「ファクト」⇒「抽象化」⇒「転用」という思考のプロセスは仕事をしていくときに差がつくポイントです。

ファクトは結構みんなやっている。だって出来事や言われたことをメモすればいい。

これをしないとコミュニケーションは始まらない。出来事や物事を知ろうとする、伝えようとすることです。

この先が問題。「抽象化」。

簡単に言えば具体的な物事に見出し(タイトル)を付けること。

「つまり、こういうこと」みたいな。まとめなおすような感じ。

抽象化するときは、WHAT、HOW,WHYの視点で考え直すと、次の転用に向かいやすい。特に、HOWとWHY。

これって、そうやってこうなったのか?というHOW目線で考えてみると気付きがある。

これって、なんでこうなったんだろう?という、WHY目線で考えてみると別の気付きがある。

思考を深めなおすプロセスともいえる。

 

要するに、メモを取りながら思考を整理し、深め、次のアイディアへの転用を考えていく。

彼にとってはメモが思考のプロセスそのものになっている。

そして何がいいって、それらが全て可視化されている事。

見返すことができる、という大きな利点。

 

あとは、言葉にすることのエネルギー。

言霊とか言いますが、言葉の達成予言力。私も研修でいつもお伝えしています。

言葉にして発するとそれが実現しやすい。

勿論ネガティブワードはネガティブな結果を引き起こす。

逆に「こうなりたい」とかは言葉にするべき。

流れ星にお願いしても別に流れ星が願いをかなえてくれるわけではなくて、強く念じるから自分で実現しているのだと思う。

私が講師になったきっかけは、28歳の時に受講した「7つの習慣研修」でした。

素晴らしい研修で感動したのですが、受講後同僚の臼井さんが「ねえ、もりもり。俺さ、いつかこの講座自分でやりたい!」といったのを聞いて「確かに。俺もそう思う」と意気投合したことを覚えています。

それから数年後。転職して人事の仕事をしている時に、一緒に働いていた山田君(できる男なのでひそかに尊敬していました)に「僕はね、森川さん絶対に研修講師がに向いてますよ。人事じゃなくて。」と言われました。

その2つがずっと頭に残っていて、人事時代に7つの習慣研修は講師の資格を取り社内で展開するようになり、その後講師として独立しました。(山田君はその時はもういませんでしたが)

二人にとっては軽く言った言葉かもしれませんが、私の中にはそれらがずっと残っていて、結局自分の生き方となりました。

それはずっと想っていたからです。

 

つまり本書は言葉にすることでエネルギーを強力にし、自分と約束し自分とアポを取り、人生を豊かにする。

難しいことは書いてません。(いや、ちょっとあるかも)

でも、メモという言葉の力で自分で人生を創っていこう。そんな主体的なメッセージをバチクソ受け取りました。

 

おはようございます。clear kyoto代表の森川です。

イラっとしたら6秒待ってみよう、という話。

 

昨日、本日と近所にあるYちょ銀行に用事があり連日お邪魔していました。

最近どこの銀行にもコンシュルジュ的な方、おられますよね。

その方に用件を言うと適切な窓口に案内してくれるので、いつも助かります。

ただ、そこのYちょ銀行のコンシュルジュは中々です。

私よりもだいぶ年上のお姉さんなのですが、とにかく物言いが高圧的。

詳しく書くと長くなるので触れませんが、とにかく話がかみ合わない。

こちらの問い合わせ内容と違うことで「さっきも言いましたよね?」と詰められる。

ATMにこんな案内されましたよ、と伝えると「そんなはずはない!ちゃんと操作されました?」とまた詰められる。

昨日と本日は別件だったのですが、2日連続でこの方で4,5回こんなやり取りがありました。

まあ、結局はその件詳しい人に聞いて一件落着している。

 

ただね、私も人間なので腹が立つわけですよ。

『なんであなたにそないに言われなあかんのか?しかも、俺、全然間違ってないし勝手に間違った解釈して勝手にキレんなや、ぼけ~っっ!!』

が、私の心の声です。

 

でもいつも研修で「イラっとしたら6秒間一時停止ボタン押しましょうね」と言っている以上、ここで押さないわけにはいかんわけです。そしてぽちっと。

『あーー。なんでこんな言い方するんだろ、この人。でも、多分法人の手続きとか慣れてないんだろうな。そもそもこの辺高齢のお客様多いし法人の需要かなり少ないはず。不慣れ分野の内容だからてんぱってはるのかも。もっといえばこの人民営化の時郵便希望だったのにYちょ銀行になってしもたのかもしれないしな。ま、しゃーないか。(ここまで2.8秒)』

と想像して反応的に反応することを回避できました。

 

私の昔からの悪い癖で「言ってやろう」とか思う時もあるし、論破しないと気が済まない。そんな気質がかつてはありました。

でも、それって結局自分のいら立ちをぶつけているだけなのでお互いプラスにはなりません。

少なくとも私のプラスにはならない。

現実昨日も今日もこのやり取りの後、すぐ詳しい人が穏やかに引き取ってくれました。

別に私は我慢しているのではありません。

どう反応するかを「選択」しているのです。

これが所謂主体性、というやつですよね?コヴィー博士??

 

※ちなみに私も一時停止できない時もあります。その時は後から謝っています。てへ。