タイトル見た瞬間に心がざわつきました。
というのも、私は研修のテーマで「褒める」と「叱る」を実施しているから。うーーむ。どゆこと??
と思いながら読み進める。
中身は中々哲学的だが、岸見先生らしい(?)優しい語り口なので、読みながらほんわかする本です。
そして冒頭の問題は、実は読み進めていく中で中々解決されませんでした。
というか、中々納得いかなかった、と言う方が近いかな。
岸見先生がやめようといっている褒めるは明らかに間違った褒め方、何ですね。
私の研修では「適切に」褒める。じゃないと効果ないですよ。とワークをしながら伝えています。
褒めて伸ばそう。
褒めてモチベーション上げてやろう。
そんな上司の意図が含まれている時点で「適切に」褒めている事にはならないのです。
何故なら、部下自身の行動の変化や成長は、部下自身の課題であって、上司自身の課題ではない。
でも、上司は人材育成をしないといけない。
何故なら、上司は部下の成長を支援して自分のチームのパフォーマンスを向上し続け、結果を出し続けることが役割だから。
それが上司自身の課題。だから部下育成も大事なテーマ。
でも、それをあからさまにしながら褒めると、あざとくなるわけです。
つまり、褒められても嬉しくない、と思われちゃう。
じゃあ、どうするの?
気付かせるだけでよいのです。
つまり良かった行動の事実だけを伝えるだけ。
例えば、
「電話の声、明るくなったね」
「書類の記入漏れ、なかったね」
「今のプレゼン、根拠が客観的で分かりやすかった」
とか。
「すごいですねー」とかいう要素、入ってないですよね。事実だけ。
でも、これを伝えることで部下は「あ、今ので良かったのか。じゃあ、次もそうしよう。」となって、良い行動が習慣化していき、結果行動の当たり前レベルが上がっていきます。
つまり、岸見先生のいう正しい褒め方は、相手に気づかせること、なんですね。
これは叱るときも同様です。
む?
これって私がギャップのマネージャーやっている時に学んだ「フィードバック」の原則と一緒かも?
要するに自分が部下の鏡になって、そのまま映して見せること。
だから褒めると叱る、と言う言葉よりも、フィードバック、という言葉の方がしっくりくるのだと思います。
気付きを与える。
そこにこっちの感情は必要ない。
と言う事なんだなと改めて。
そして、まだちゃんと解釈できていないけど、ココロに残ったのが、
「人は働くために生きているのではなく、生きるために働いているのだ」という話。
仕事の奴隷になってはいけない。
生きるために働く。勿論生活のためもそうだが、人間として生きるために働く、ということ。
だから働く=幸福になっていないと、生きるために働くにはならない。
むーー。
自分自身もそうだけど、そう思える働く環境を準備することも上司は必要だよね、と言うことです。
そのためには貢献感を感じてもらう事。つまり、自分の仕事が役に立っていると実感出来れば、働くは幸福になる。
そのためにもフィードバックは大事なわけです。
中々考えちゃう本でした。